『第767話』 【続・百薬一話】麻疹輸出国日本

*****「続・百薬一話」の掲載をはじめるにあたり*****

秋田さきがけ「百薬一話」の掲載が終了し、少々気を抜いていたところ、月1回の原稿の依頼を戴いた。文章を書くのは不得意な方ではないが、文献等の収集と評価には相当の時間を割くことになる。「百薬一話」は、タイムリーな話題を提供する必要性があって、毎週の締め切りに追われていた。また、タイムリーな話題とは別に、私のパソコンには10本程度のテーマだけが書き留めてあり、常にそのテーマに沿った文献や書籍を漁り、書き足し、1000字程度にまとめて原稿を提出していた。家に帰ればパソコンの前に座りっぱなしとなり、休日や出張があっても、原稿の締め切り日が頭から離れず、数時間の仮眠で出張へというパターンもずいぶんとあった。「百薬一話」をはじめた16年前はワープロで書いた原稿をFAXで送っていたが、最近はメールになった。メールは便利だが、校正原稿がメールで送られてくるので、出張中も関係なしという状況だった。

月1回であれば良いかな?とも思えたが、やはり原稿を書くのは大変だ!言葉足らずのところはご指摘を戴き、薬局での話題として頂ければ幸いです。

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麻疹は怖い感染症なのか?私自身の感染症歴にはしっかりと麻疹にかかった記憶がある。平たいスポイトのようなゴム製の部分を押すと、円筒ガラス容器に入った青い色の液が出てきて、母親は「誰でもかかる病気だから」と話し、発疹部位に塗布してくれた。

青い液とは、ピオクタニンブルーのこと。塩化メチルロザニリン、クリスタルバイオレット、ゲンチアナバイオレットとも呼ばれ、グラム染色にも使われる色素だ。麻疹にかかると頬の内側にコプリック斑と呼ばれる微小潰瘍が出現する。こうした部分の消毒・殺菌目的に使う。薬価基準に収載されているが医療用医薬品はない。一般用医薬品としては0.2%ピオクタニン水溶液「ホンゾウ」が販売されている。

医学知識に乏しい母には誰でもかかる感染症という認識だったのだろう。しかし、感染症情報センターの資料によれば、死亡率約15%、後遺症が25%に残るとされている。肺炎・脳炎の合併は年少であるほど死に至る危険性が高いので注意が必要である。また、麻疹ウイルスの持続感染によると考えられている亜急性硬化性全脳炎(SSPE)が麻疹患者の100万例に5~10例おこると言われている。進行性の神経症状、痴呆症状を示し、最終的には死に至る予後不良の疾患である。と記載されている。

こうした感染症予防するために昭和23年6月に予防接種法が施行された。当時すでに百日咳ワクチンによる死亡事故が発生していたが、昭和40年代前半になるとワクチン禍が社会問題となる。この間、ポリオワクチン、ジフテリアワクチン、おたふく風邪ワクチン等の健康被害が問題となり、平成4年12月に、集団訴訟として最大規模の東京集団訴訟では、東京高裁において、国が敗訴し、上告を断念した。

国は、平成5年12月に出された厚生省公衆衛生審議会の答申に基づき、平成6年6月に予防接種法が大幅に改訂された。その主な改正点は、ワクチン接種を「義務規定」から「努力義務規定」にしたこと「予防接種による健康被害者に対する救済措置をより充実した」ところにある。しかし、現状から考えると「努力義務規定」が世界的水準からすると国の責任逃れ的な対応と捉えられかねない感もあり、再度検討する必要があるのではないかと思われる。その理由として、救済措置が充実されたこと、ワクチン製剤技術は進歩し、副反応が0ではないものの、より安全なワクチンの提供が可能となっていることが上げられる。米国では入学時、予防接種していない学童・児童には入学を認めない措置が図られており、社会的な規制が掛けられている。それ故、日本は麻疹輸出国だという国際的な批判を浴びる根拠になっている。

この改訂によって、ワクチン接種率は80%程度となった。今後、ワクチン接種を受けていない人において、麻疹に限らず種々の感染症に罹患する人が増える可能性がある。

今回の麻疹集団感染はいくつかの要因が重なっている。平成元年4月にMMRワクチン(Measles:風疹、Mumps:流行性耳下腺炎(おたふく風邪)、Rubella:風疹)の予防接種を導入したが、おたふく風邪ワクチンが原因の無菌性髄膜炎の発症が問題視され平成5年に中止になった。MRワクチンは平成18年4月から開始されており、それまで単独での投与となっていた。このことから15才から20才までの人の接種率が低くなっていて、感染が拡大したと考えられる。また、18才以上の麻疹を成人麻疹といい、この年齢以上の発症者が増えている。

もう一つの要因としては、公営企業の千葉県血清研究所(閉鎖)で製造された麻疹ワクチンで抗体価が上がらないという問題があったというものだ。通常予防接種で約5%の人で抗体価が上がらないが、千葉血清のワクチンでは18%が陰性だった。

麻疹は終生免疫が得られると考えられているが、その機構は良くわからないところがあった。しかし、現在では、麻疹罹患後等において常に感作されているために、免疫力が持続していると考えられており、公衆衛生の改善によってその機会が失われ、麻疹に罹患するケースが報告されている。

不完全な免疫を持つ人が麻疹に罹患すると修飾麻疹という症状がはっきりしない病態を示す。この間、感染源となりうる。また、異形型麻疹というのもある。

平成19年6月5日に県感染症分科会が開催されたが、現在麻疹が問題となっているが、風疹、ムンプスに対するサーべーランスも必要ではないかと意見を述べた。ほとんど症状がなく先天性風疹症候群の子供が産まれている例、感染症病棟にムンプス患者が隔離されている例などが紹介されていた。いずれの疾患も報告の義務はない。麻疹も定点観測で、当面全数把握に努めることになったが、感染症法で定められた全数把握ではなく、その実態はつかめないところがある。

薬局においては、検査試薬の供給が再開されているので、感染症感染者との接触があるためMMRの抗体価検査を実施し、低下している場合にはワクチン接種を受けることが感染症対策、院内感染防止の観点から必要だと考えられる。