『第210話』 点滴時の輸液は、リンガー液から

手術をしたり、下痢の脱水状態に陥ったりして点滴を受けた経験を持つ人も多いと思う。大きなガラスやプラスチックのボトルからぽたぽたと落ちてくるあの液体は輸液と呼ばれている。

19世紀イギリスでコレラが発生した時、下痢と嘔吐(おうと)による脱水症状で死ぬ人が多かった。この時、食塩水と重曹水を使って水分補給したところ、死亡率が下がったという。これが輸液の発達につながっていった。

年配の人にとっては、リンゲル液といった方が輸液を思い出すかもしれない。リンゲル液はこの時代のイギリス人、シドニー・リンガーが編み出した輸液製剤で、リンゲルはリンガーをドイツ語読みにしたものだ。

生理学者のリンガーはある日カエルの心臓を取り出して水道水につけてみる実験をしていた。水道水にはあらかじめ血液中の塩分濃度と同じになるように塩が入れられてある。心臓は規則正しく収縮したので、食塩があれば心臓は動くのだと思った。次に水道水の代わりに蒸留水を使って実験してみると食塩が入っているにもかかわらず心臓は動かなかった。このことから水道水には心臓を動かす食塩ではない何かが入っていることに気が付いた。

ロンドンの水道水はカルシウムなどを多く含む硬水だ。つまり心臓の収縮にはカルシウムが必要だったのだ。逆に弛緩(しかん)するにはカリウムが必要であることも分かった。

こうしてリンガーはナトリウム、カリウム、カルシウム、クロールなどをバランスよく配したリンガー液を生み出した。

現在の輸液はリンガー液を少しずつ改良したものが多種類あり、患者の症状に合わせて細かく使用されている