『第304話』 降圧剤も変遷し、生活の質を維持

今から20年ほど前の血圧降下剤といえば、利尿剤とレセルピンという生薬ぐらいしかなかった。

レセルピンは印度蛇木(いんどじゃぼく)という常緑低木の根から単離された成分だ。この根の形が蛇に似ていたため、インドのヒマラヤ地方では者から子供が蛇にかまれたとき、乾燥させたこの根の粉を薬にしていたという。また、インドに伝わる伝承医学「アーユル・ヴェーダ」にはこの木の根を精神病の治療に使用してきたことが記されている。

1943年になってこの根の樹脂に鎮静作用と睡眠作用があることが発表された。同時にその際、患者の血圧が明らかに下降することも分かった。

約10年の歳月を経て、有効成分として取り出したレセルピンは一躍、血圧降下剤として脚光を浴びるようになった。しかし、一方で精神分裂病やそう病の精神状態を静穏化するという効果も併せ持つために、精神的に健康な人が服用すると物忘れが激しくなったり、やる気がなくなるなどの活動意欲が低下する傾向が現れた。そのため血圧は下がるもののこの薬を飲んで調子が良いと感じた人は少なかったという。

レセルピンの添付文書には、「服用するとふさぎこんだり、うつ状態になり、自殺などを考えるようになることがある」という警告が記載されている。現在はほかにさまざまな降圧剤があり、降圧剤としてレセルピンを最初に選択するこはなくなった。

血圧が高ければ下げるということだけを治療目的としていた時代とは違い、最近では「生活の質を維持した治療」ということがよく言われる。これは社会生活や家庭生活において犠牲や我慢を強いるのではなく、生活の質の低下をきたさないことをも考慮して治療を行おうとする考え方だ。

そのためには患者さんは薬を服用した結果を詳細に伝え、これを医療機関がしっかりと受け止めていく必要がある。