『第313話』 奇抜な実験下で、リゾチーム発見
ペニシリンは1928年に発見された。その5年前、フレミングはある偶然からリゾチームという酵素を発見している。現代では、抗出血作用や消炎作用を持つ薬として使われているが、この発見は偉大な科学者の奇抜な実験にその端を発している。
フレミングは思いつくまま、さまざまな物質を培養中の細菌に加えてみたという。細菌の増殖を抑えるような物質をなんとしてでも見つけたかったのだ。
ある日、風邪ぎみだったフレミングは、やけくそになってというわけではないだろうが、自分の鼻汁を細菌の入ったシャーレにたらしてみた。すると鼻汁が落ちた部分の菌だけが溶けて透明になっているのに気がついた。さらに細菌で濁った液を入れた試験管に、涙を1滴入れてしばらく試験管を握っていると、やがて液が透明になった。フレミングは生体にも細菌を溶かす物質があることを発見したのである。
この物質がリゾチームと呼ばれる酵素で、人間をはじめ、ほ乳類や鳥類にも存在している。特に外気と接触する涙や鼻、のどの粘膜には豊富に存在し、空気中の細菌が侵入するのを防いでいる。しかし、発見した当時はこれを製剤化する技術がなく、薬として日の目を見ることがなかった。
今では卵の白身を原料とした塩化リゾチームという薬がある。卵は栄養価が高く、細菌に侵されやすい。白身にあるリゾチームが細菌から卵を守っている。塩化リゾチームは風邪薬のほか、慢性の副鼻腔炎や呼吸器疾患での痰(たん)がうまく排出できない場合などにも使用される。また、小手術の際の出血抑制や歯槽膿漏(しそうのうろう)の腫(は)れの治療にも用いられる。
いずれにしても塩化リゾチームは卵を原料にしたタンパク質であるため、卵にアレルギーのある人は服用できない。