『第597話』 【甲状腺がんの体験談】自分の身体を常に観察
人生には、上り坂、下り坂、そして「まさか」という3つの坂があるという。
本稿は、最新の情報や医学・薬学の知識を専門文献で確認し、これを分かりやすい言葉に置き換えて執筆している。しかし読者にとっては、体験談の方が興味深く、参考になることがあるかもしれない。
1年前、ひげをそっている時に、のど仏のところが左右対象ではなく、左側がわずかに膨れていることに気づいた。そこが硬いわけでもなく、耳下から頚(けい)部にかけてのリンパ節に触ってもはれていないし、痛くもなかった。
昨年8月、定期健康診断を受けた。その時、診察した医師が「何かありそうです」とのどを触診し、超音波診断装置で画面を撮った。甲状腺(せん)に直径2.5センチの腫瘍(しゅよう)があるという診断だった。
甲状腺は、基礎代謝や骨量に関するホルモンなどを分泌している器官だ。代表的な疾病では、機能が進みすぎるバセドー病や逆に機能不全を起こす橋本病などがある。また、甲状腺腫やがんなどもあり、女性の方がこうした疾病にかかる比率が高い。
放射性ヨードを使ったシンチグラム検査、CTスキャンなどの検査では、悪性かどうか判断できなかった。腫瘍マーカー検査は陰性だったが、細胞を直接採取して診断する細胞診でもがんの疑いを晴らすことはできなかった。総合的な判断では、むしろがんの疑いの方が強かった。
がんの場合の第一選択は手術だ。その基本に従うことにした。手術手法と起こりうるリスクについての、外科医の丁寧な説明に感服した。心配することは何もない。後はお任せするのみだ。
手術の結果は、甲状腺がんの8割から9割を占める乳頭腺がん。5時間かけてがん腫瘍と18カ所の頚部リンパ節を取り、そのうち2カ所に転移が認められた。入院は手術前の2日を含めて7日。芸術的ともいえるきれいな手術痕が頚部に残った。日常生活に何も不自由はない。後は、肺と骨への転移に注意を払うことになる。それと、甲状腺ホルモンと活性ビタミンDを生涯服用することだ。
「まさか」の時期を予知することはできない。いつなんどき起こるかもしれない覚悟は常に必要だ。少なくとも、自分自身の身体に興味を持ち、観察することだけは忘れないでもらいたい。