『第660話』 【天然温泉】一律な塩素消毒に疑問

昨年に引き続き、愛媛県松山市を訪れる機会があった。自称無類の温泉好き、早速日本書記に登場し最古の温泉といわれる道後温泉へ。そこには、昨年はなかった張り紙があった。「レジオネラ菌対策のため、県の指導によって塩素消毒をしております」。

「?…」。道後温泉は自然にわき出ている温泉。いわゆる掛け流しで再循環はしておらず、レジオネラ菌に汚染される可能性はほとんどないはずだ。塩素消毒をすれば酸化還元電位が高くなり、入浴後の皮膚がツルツルする効果は失われる。温泉水は塩素臭がして、行政の一律な対策に「温泉とは何だ」という疑問と不満を抱いて帰ってきた。

そこにきて、長野県の白骨温泉で群馬県の草津温泉の入浴剤を入れて白濁させていた事件が発覚した。この入浴剤と同様のものは、唯一医薬品の入浴剤として薬局でも入手できる。

昭和23年に温泉法が制定された。その直後から、本県でも温泉分析が県衛生科学研究所で始まった。これを最初に手掛けたのは、薬剤師の齋藤ミキさんであった。現在89歳になる。

分析は試薬と温泉の成分を化学反応させ、その含有量などを調べる。現在は試薬の純度が高く精製して使うことはないが、温泉分析黎明(れいめい)期は純度が低く、何度か試薬を精製しないと正確な分析結果を得ることはできなかった。今では、分析の基本ともなる試薬を精製する手技を教える者はいなくなった。また、そのころはガラス製の実験器具を馬に積んで細い山道を登り、源泉まで出掛けたそうだ。単に温泉分析といっても苦労が多かったのだ。

98度の鉱泉が毎分9,000リットルわき出て、単一源泉としてのゆう出量は日本一。温泉としては珍しく胃内と同じpH1・2の強塩酸酸性を示し、さまざまな成分を含む玉川温泉の分析は国立衛生研究所との共同で、何度も東京に通ったそうだ。分析機器などない時代、世界でも珍しい北投石から出るラジウム放射能などの分析は、手技によるほかはなかった。

玉川温泉では塩素消毒など全く無意昧で、塩素ガスになって、かえって危険。歯も溶ける源泉では、レジオネラ菌など一瞬にして殺菌されてしまう。

道が整備されて、本当に秘境といえる温泉はなくなった。温泉の本来の役目は健康に役立てることだが、現在は客寄せ商売的になっていて矛盾を感じる。大国主命(おおくにぬしのみこと)は、道後の湯を「病を除(さ)り身を存(たも)つ要薬」と、その原点を言い当てている。