『第117話』 胎盤通し毒性が胎児の脳へ侵入

米国は、コロンビアで精製されたコカインの流入を必死で食い止めようとしている。

米国でコカインが流行する背景には、コカインの最大輸出国が近いということのほかに、エイズの問題があるといわれている。他の麻薬、覚せい剤は注射器で打つことが多いが、コカインは純粋に精製された塩酸コカインを粉末にして鼻腔内(びくうない)に吸い込む。このため、コカインは注射器の回し打ちによるエイズ感染を気遣う必要がないからだ。しかし、吸入されたコカインの刺激によって鼻粘膜が侵され、鼻の中に穴があく鼻中隔穿孔(せんこう)を起こす。

コカインの毒性の中で最も恐れられているのが「コカイン・ベビー」だ。コカインは胎盤を通して容易に胎児の脳へ侵入する。そして、未熟な胎児はおなかの中でコカイン中毒になる。流産率はアルコール中毒患者より高く、流産を免れても体重1キロ前後の低体重で、知能障害を持ち、とっぴな行動をするため養育が困難だ。

麻薬には、常用しているうちに効き目が悪くなり使用量が増える耐性現象が見られる。しかし、コカインは逆に、常用していると少量でも大量投与したのと同じ効果が得られる逆耐性現象が起こる。さらに、コカイン以外の麻薬、覚せい剤を用いていた人がコカインを使用した場合にも同様の現象を起こす交叉(こうさ)逆耐性現象があり、急性中毒を起こしやすく危険だ。

薬としてコカインの局所麻酔作用に注目したのは、カール・コラーという眼科医だ。目にその溶液を滴下し、そのころまだ危険だった全身麻酔ではなく局所麻酔で白内障の手術を成功させ、名声を得ている。

わが国でも塩酸コカインが日本薬局方に収載されているが、現在は他の副作用の少ない局所麻酔薬が開発され、あまり使われなくなった。しかし、コカインはリドカイン、プロカインといった合成局所麻酔薬の名称に、その名残を残している