『第138話』 「光学異性体」のl体利用し新薬

右と左の手のひらを合わせるとぴったりと重なり合う。しかし、手のひらと甲を重ね合わせても重ならない。化学物質にもこれと同じ立体構造をとるものがある。その代表がアミノ酸(グリシンを除く)だ。全く同じ元素でできていて、融点や沸点などの物理学的性質が同じなのに、一定の光をアミノ酸溶液に当てると左(l体)と右(d体)に光を回転させる別の性質を持った2種類のアミノ酸に分別することができる。この性質が違う化学物質の関係を光学異性体という。

地球上の動物や植物のタンパク質はすべてl体のアミノ酸からできている。なぜそうなったかはなぞだが、人はl体のアミノ酸を見分ける能力を持っている。例えば、コンブのうま味成分で調味料として使うグルタミン酸ナトリウムにもl体とd体がある。l-グルタミン酸ナトリウムにはうま味があるが、d-グルタミン酸ナトリウムでは昧が無く不快さを感じるだけだ。

発酵法で得られたアミノ酸はl体だけだが、化学合成で作るとl体とd体を等量ずつ混合したラセミ体(dl体)となる。

医薬品にも同様の物質があり、l体は副作用が少なく有用な生理活性を持つがd体は副作用だけという場合がある。その例がサリドマイドだ。化学合成によって作り出されたサリドマイドはラセミ体で、このうちd体に奇形を生じさせる作用があることが分かっている。

こうした性質を利用すれば、効果が高くかつ副作用が少ない医薬品を開発できるわけだ。近年、l体とd体を分離する技術の進歩やl体だけを合成できる触媒技術の開発が進み、抗生物質などにもある光学異性体のl体だけを成分とした新薬が登場している