『第142話』 医薬品の成功で近代絵画を購入

4月3日まで上野の国立西洋美術館ではバーンズ・コレクション展が開催されている。一般公開されたのは、幻のコレクショシといわれるルノワール、セザンヌといった印象派の絵画80点だ。アルバート・C・バーンズがフランス近代絵画を中心とする2,500点以上の絵画を購入した資金は、銀軟膏(ぎんなんこう)アルジロルやオヴォフェリンといった医薬品の商業的な成功によるものだった。

処方を公開するのを嫌って特許を取得しなかったため、その詳しい製法は明らかになっていないが、1902年に発売されたアルジロルの成分は硝酸銀で、感染性疾患に効果があった。最初の化学療法剤サルバルサンがエールリッヒと秦佐八郎によって発見されたのが1909年のことで、現代のように抗生物質のない時代だ。

銀イオンは、赤チン(マーキュロクロム)の有効成分である水銀イオンに次ぐ殺菌力がある。銀イオンを解離する硝酸銀は、古代エジプトにおいて既に用いられた最も古い医薬品の一つだ。特に淋菌(りんきん)に対しての殺菌効果が高く、新生児の目に淋菌が感染するのを防ぐための点眼液に使われる。

硝酸銀の濃厚溶液にはタンパク変性を起こし組織を腐食する作用があり、薄めた溶液には収斂(しゅうれん)作用がある。また、この作用は硝酸銀が組織内に浸透しにくいため、表面だけにとどまってしまう。この欠点を改善したのがプロテイン銀やコロイド銀のような有機銀化合物だ。組織の深部まで浸透しやすく、徐々に銀イオンを放出して効果を表すので持続性もある。プロテイン銀の水溶液は尿路感染症や耳鼻科領域で多用されたが、抗生物質の出現でその価値を失ってしまった