『第161話』 洋の東西問わず毒殺に使われる

夏の夜、ミステリーを読んでしばし暑さを忘れてはいかがだろう。

人気作家のアガサ・クリスティや横溝正史は薬剤師でもあり、作品には毒殺によるトリックが頻出する。東西を問わず、ミステリーの中の毒殺にはヒ素がよく使われる。

時代劇でよく「一服盛られる」のもヒ素である。ヒ素は鉱山から銀や鉛を産出するときの副産物としてとれ、江戸末期にはネズミ捕り用の農薬として全国的に知られていた。

中国でもヒ素による毒殺が頻繁にあった。その結果、料理は銘々に出さず、みんなが大きな皿や鉢から取り分ける方式になったという。「うちの料理には毒など入っていない、安心して召し上がれ」という礼儀作法である。

一方、娘を玉の輿(こし)に乗せようと、幼少のころからヒ素を少しずつ食べ物の中に入れて育て、色白にしようとした話もある。ごく低濃度のヒ素を摂取すると皮膚の血管が拡張して色白に見えるようになるためだが、やがて蓄積すると逆に色素沈着や角化症を起こした。

西洋では部屋の壁紙やろうそくの中にヒ素を染み込ませて徐々に中毒死させたという。17世紀ごろになると、ヒ素から鮮やかな緑色の顔料を作ることができるようになった。ヒ素は害虫にも有効であったため、壁紙や家具をこの緑色で塗るのが流行した。かのナポレオンもこの緑色の壁紙がかなり気に入っていたという。

しかし、顔料の中のヒ素成分を分解して有毒なアルシンという物質を発生するカビやバクテリアが存在することを、当時の人は知る由もなかった。次第に蒸発して体内に蓄積するヒ素か、あるいはアルシンによる中毒なのか。ミステリーのネタは尽きないが、この顔料も今は無い。トリックそのものも、分析機械の発達した現代では通用しなくなった