『第173話』 胃炎や潰瘍には細菌が深く関与
胃に穴があくほどのストレスに悩まされている人は多い。しかし、胃炎、胃潰瘍(かいよう)、十二指腸潰瘍の原因がそうしたストレスや胃酸過多だけではなく、細菌が深く関与していることが分かってきた。
強塩酸性の胃の中には細菌はすむことができないと考えられてきたが、オーストラリアのウォーレンとマーシャルが1983年、胃の粘膜にヘリコバクター・ピロリ(HP)という細菌を発見した。最近の報告によると、胃粘膜における陽性率は胃潰瘍で60~80%、十二指腸潰瘍にあっては90%という高率だ。
この菌は塩酸(胃酸)から身を守るため、食物中の尿酸を分解しアンモニアをつくって塩酸を中和している。これとともに強力な鞭毛(べんもう)で活発に動き、酸度が中性になっている胃粘液下層に潜り込み、胃上皮細胞表層や細胞間に密着して生息する。
アンモニアはそれ自身も有害だが、塩酸と反応して細胞毒性の高いモノクロラミンをつくる。さらに、この中和反応は胃の粘膜防御機構にも影響して、胃からの粘膜分泌を減らしてしまう。粘液分泌量が減るということは、塩酸によって胃粘膜が障害を受けやすい環境になるということだ。
このほかにも、サイトトキシンという毒素を産生し、細胞にダメージを与える。HPに対抗した生体はサイトカインや活性酸素を放出し、これがまた胃粘膜障害の原因となる。
欧米では、強力に胃酸の分泌を止めてしまうプロトンポンプインヒビターという薬とともに抗生物質のアモキシシリン、クラリスロマイシンや抗原虫薬のメトロニダゾールを用いてHPの除菌が行われている。日本ではまだ、このような消化性潰瘍において除菌を行うことは保険上認められていない。
消化性潰瘍は感染症とは言い切れないが、難治性潰瘍や再発の原因としてHPが浮上した。除菌によって再発が著しく低下することから、消化性潰瘍の治療が大きく様変わりすることになりそうだ