『第176話』 座薬は穏やかで注射と同じ効果

座薬というと痔(じ)の薬と考える人も多い。また、薬剤師が使い方を説明しているとき目を背ける人もいて、日本人にはまだまだ抵抗があるようだ。しかし、肛門(こうもん)から挿入して直腸で溶ける座薬にはさまざまな利点がある。

例えば、解熱鎮痛を目的とする薬を経口薬として飲むと、胃壁を荒らすことがある。座薬なら胃腸を通過しないので胃腸障害もなく、食物の影響を受けたり、消化液で分解されたりしない。何より良いのは、吸収された有効成分が肝臓に入らず直接血液に入るので、注射と同じくらい効果が高いことだ。

飲み薬は胃腸を通過して小腸の上部で吸収されるが、まず門脈というところにいったん集められ、全身に回る前に肝臓に入る。ここで代謝を受けて一部が分解され排せつされてしまう。これによって、実際には吸収された有効成分量の大部分が損失する薬もある。

座薬にはこうした心配がなく、注射よりも吸収が穏やかである。高齢者や乳幼児にも使用でき、薬を飲めない患者さんにも適している。しかし、座薬の生産量は薬全体の1%程度にすぎない。

現在普及している座薬の原形は18世紀半ばにフランスの薬剤師が考案したもので、当時はチョコレートに含まれるカカオ脂に薬の成分を混ぜて作っていた。チョコレートが口の中で溶けるのは、カカオ脂が人の体温で溶ける性質によるもので、グルメの国らしい着眼があった。

座薬を入れると肛門と直腸が刺激を受けて便意を催すことがあるので、排便後に使用するのが望ましい。挿入してから10分程度たって排便した場合は、座薬の成分はおおかた吸収されていると考えていい