『第238話』 細胞の“自殺”はプログラム通り

オタマジャクシのしっぽは決まった時期がくると消える。同じように人間や鶏の指は、胎児期には水かきのような突起物だが、やがて一本ずつ分かれていく。指が作られる過程で指の間の細胞が細胞死を起こして離れる仕組みになっている。

このように、ある条件が整うと細胞は自らを殺すための特殊なタンパクを出して自殺する。われわれの遺伝子にはこうした自殺プログラムがあらかじめ書き込まれていて、生理的現象がそろうとプログラム通り細胞が死んでいくと考えられている。このことを専門用語でアポトーシスと呼ぶ。

例えば、胎児の脳神経細胞の数は成人の2倍もあったものが、アポトーシスによって半分に減ってしまう。また、脳梗塞(こうそく)などの虚血性発作やアルツハイマー型痴ほうになったとき、脳の神経細胞はこのプログラムによって死んでいくことが分かってきた。

一方、アポトーシスは生物にとって有害な細胞を排除するために備わっているとも考えられる。

がん細胞は、正常な細胞が狂って、分裂・増殖を繰り返し、無秩序に際限なく増える。がん細胞が生まれると通常、細胞死プログラムのスイッチが入り、死滅除去される。ところが、この機構がうまく働かず細胞死を免れる細胞がある。これが発がんにつながっているという説が有力だ。

アポトーシスは新しい研究分野で、始まって20年足らずだ。細胞が自ら死ぬための特殊なタンパクを出すのであれば、それを阻止するような薬を作れば脳の神経細胞は死なずに済む。

しかし、自然の摂理ともいうべきこの機構に手をつけるのには慎重でなければならない。それを誤ってしまうと、われわれは手に水かきが付いたままになってしまうかもしれない