『第260話』 金や白金など貴金属も薬に

薬といえば植物を起源にしているものが多いが、金や白金といった貴金属も使われている。

金の化合物は慢性関節リウマチの治療に用いられる。リウマチは骨や関節周辺の組織が破壊され、関節および全身に疼痛(とうつう)、腫脹(しゅちょう)、熱感、倦怠(けんたい)、疲労感を生じる疾患で、免疫異常によるものと考えられている。

金製剤は効果発現までに2、3カ月かかるため、急性の炎症には効かないが、免疫抑制作用によって、朝のこわばりや握力の低下、関節の腫(は)れや痛みに効果が表れてくる。

一方、白金にアンモニア分子と塩素イオンが2個ずつ付いた単純な構造を持ったシスプラチンは今日、さまざまながんに使用される強力な制がん剤になった。

シスプラチン発見の発端となったのは、大腸菌の成長に電場がどう影響するかを調べるため、大腸菌の培地に白金電極を挿入し、交流電流を流して、その様子を観察したことだった。

大腸菌の細胞分裂は阻害され、個々の細胞が単に糸状に伸びていくばかりだった。その原因は電場によるのではなく、培地中に含まれる塩化アンモニウムが電極として用いた白金と反応してシスプラチンができ、これが大腸菌のD

に作用したためだった。

それならば、細胞分裂の速いがん細胞の分裂も阻止できるのではないかと考えた。マウスによる制がん実験は大成功だった。

しかし、シスプラチンの腎臓(じんぞう)に対する毒性は非常に強く、開発を断念せざるを得ないほどだった。また、ほとんどの制がん剤に共通する吐き気、食欲不振といった副作用もシスプラチンではとりわけ著しかった。

睾丸腫瘍(こうがんしゅよう)および卵巣腫瘍に対する効果は顕著で、開発を断念するには、あまりに惜しい抗がん作用を持っていた。

その後、大量の生理食塩水とともに長期間かけて点滴するハイドレーション療法でこの腎毒性を軽減することに成功し、薬として日の目を見ることになった。また、シスプラチンの吐き気を強力に止めるグラニセトロンやオンダンセトロンといった薬が出たのはごく最近のことだ。