『第276話』 薬や治療の情報、選択と確認重要

今年ほど新たな感染症に対する恐怖が募ったり、医薬品の開発経緯に対する不信感を覚えた年はない。

感染症に関しては、現在使われている抗生物質が全く効かない病原微生物が出現している。微生物は人の数十万倍のスピードで変化するだけに、新たな病原性を持って出現してくることは容易に想像がつく。

一般に「薬は毒だ」といわれる。その考え方は間違ってはいない。確かに使い方を誤れば、薬は毒に変わる。しかし、人には毒を薬として使う知恵がある。薬の開発過程において、この知恵を金品や名誉を得るために使うことになれば、毒は毒としての効力しか持たなくなるだろう。

薬として使うためには情報が必要だ。医薬品に関する情報を専門家だけが抱え込んでしまうことがあってはならない。医薬品の開発過程の情報は、関係者以外に伝わることはほとんどない。また、開発過程で得られていた情報を発売時に十分生かし切れない場合も少なくない。

医療関係者が薬の情報を患者に知らせない時代があった。薬の副作用を知らせると動揺させてしまい、怖がって薬を服用しなくなるなど治療に支障を来すと考えられていたからだ。しかし「薬が分かる本」などの出版を契機にさまざまな薬や健康情報が氾濫(はんらん)し、医療関係者が不安を取り除くために正しい情報を知らせる必要性が出てきた。これはインターネットによる情報の氾濫に、何らかの対応を迫られているのに似ている。

インターネットでは陳腐な話題から高度な専門知識まで玉石混淆(こんこう)の情報が飛び交っている。情報の受け手は、それを鵜呑(うの)みにするのではなく、取捨選択し自分自身で確認することが必要になっている。

薬や治療法に関する情報も同様で、今はさまざまな手段を用いて入手することが可能となった。医療環境も変化し、患者自身が提示された医薬品や治療法を選択しなければならない時代を迎えようとしている。