『第340話』 フッ素が虫歯を防ぐ

酸と一言にいってもさまざまなものがある。食卓に上るお酢の主成分は酢酸だ。トイレ掃除のときには塩酸、おふろ掃除には乳酸が使われる。これらの酸はガラスを溶かすことはほとんどないが、フッ素を含むフッ化水素酸はガラスを溶かし、ガラスや陶器の表面加工に使われる。フッ化水素酸そのものを口にすれば歯はぼろぼろになってしまうが、フッ化水素酸を水酸化ナトリウムで中和したフッ化ナトリウムを少量の水に溶かし、うがいに使ったり、歯の表面に塗ることで齲歯(うし)を防ぐことができる。

フッ素で虫歯を防げるのは、フッ素が歯の基本成分のリン酸カルシウム(アパタイト)と反応して歯の表面にフッ化リン酸カルシウム(フルオロアパタイト)を作り、これが細菌によって作られる酸に対して強い抵抗性を持つからだ。

虫歯予防にフッ素を利用するきっかけとなったのは、斑状歯という褐色の色素沈着を起こす歯について疫学的な調査が行われたことによる。調査は今世紀初頭、アメリカのコロラド州の歯科医、マッケイが始めたものだ。その結果、1930年代にフッ素を多く含む水を飲用している人に斑状歯が多いことが判明した。

もう1つ得られた結果は、斑状歯が多発している地域では虫歯の発生率が低いというものだ。1940年代には虫歯の発生状況、斑状歯の出現率、飲料水中のフッ素濃度との関係が学術的に裏付けられた。飲料水のフッ素濃度が1ppm以下では斑状歯が少なく、フッ素濃度が0.5ppm以下の場合と比べて虫歯の発生率が低いことが分かった。これを受けてアメリカではフッ素を水道水に添加して給水しているところもある。

日本では、安全性の問題や食品からのフッ素摂取量が多いこと、強制的にフッ素を飲まされることへの抵抗などがあって、添加していない。フッ素の塗布は、歯の生えてきた時期に行うのがよく、年2、3回必要だ。