『第344話』 邪気払う植物の香り
草餅(もち)やモグサに使われるヨモギは身近な野草だ。ヨモギはアイヌ語でヤヤンノヤといい、「昔通のもみ草」という意味だ。
もんだり、すりつぶしたりして擦り傷、切り傷などの止血に使うことが古くから知られ、比較的容易に採取できたことがうかがえる。
モグサの名も、ヨモギの乾かした葉をもんで作ることから付けられたとか、燃やして灸(きゅう)をする燃草から転じたなど諸説ある。
6世紀ごろの中国では5月5日にヨモギでつくった人形を門戸に飾って魔除(よ)けを行う風習があった。日本や朝鮮半島にはヨモギでトラをつくったり、トラの人形にヨモギの葉を貼(は)り付けたりするかたちで伝わっており、端午の節句には現在のような五月人形ではなく、トラの人形が魔除けとして飾られていた。
ヨモギに魔除けの力を信じたのは、その香りにある。葉に含まれるユーカリプトールという精油がよい香りを放つ。
この時期には菖蒲(ショウブ)もまたヨモギ同様邪気を払うのに使われた。こちらはアサロンを主成分にする精油が菖蒲特有の香りを放ち、五月の節にヨモギと菖蒲を屋根にさす、すなわち屋根やひさしをこれらで葺(ふ)くという習わしが平安時代から近年まで行われていた。
中国で旧暦の5月は現在の6月にあたる。このころは次第に日が長くなり、「日の長いことが極まる(夏至)前は、陰と陽が争い死生が分かれる」とされて5月は縁起の悪い月だった。また、梅雨の季節にもあたり、田植えも始まって忙しくなる時期に悪い病気にかからないようにとの願いも込め、邪悪払いが行事となった。
古来より、強烈な芳香を持つ植物が薬として使われていたのは、このような目に見えぬ魔や邪気を祓(はら)うと信じられていたからだ。