『第357話』 青酸化合物による毒殺
最近、和歌山市郊外の夏祭りで、炊き出しのカレーに毒物が混入されるという事件が発生した。患者のおう吐物からは青酸化合物の反応が出た。
化学実験や金、銀の電気製錬、メッキ、カラーフィルム現像などに青酸カリや青酸ナトリウム(青酸ソーダとも呼ばれている)が使用される。これらの物質は酸によって分解されると猛毒の青酸ガスを発生する。
1995年、オウム真理教の犯行とされる事件では、営団地下鉄丸の内線新宿駅の男性用トイレに不審な2つの袋が置かれており、片方だけが燃えていた。1つの袋には青酸ナトリウム、もう1つには希硫酸が入れられていた。万が一、両者が混じり合い、青酸ガスが発生すれば、混雑する駅構内では多くの犠牲者が出たに違いない。
青酸ガスを発生させるために酸が必要というのであれば、人間の胃袋の中の塩酸でも十分にその役目を果たす。胃の中で発生した青酸ガスは、血液が各細胞に運ぶ酸素の供給を断ち、細胞を窒息死させる。
致死量は青酸カリで200ミリグラム、青酸ナトリウムで150ミリグラム、純粋な青酸化合物ならほんの微量を口にするだけで服毒後、5分以内で死亡する。
青酸ガスはアーモンドの香りがする。実は古代エジプトのころから桃の種の核を蒸留して青酸を作る方法が知られていた。桃、アンズ、梅などバラ科の植物の種にはアミグダリンという物質が含まれていて、これにアーモンド臭がある。
アミグダリンは胃酸で分解され、青酸ガスを発生する。青梅の未熟なものは種以外にもアミグダリンが存在し、これを口にした子供が中毒を起こすこともある。
青酸化合物による毒殺は歴史上多い。日本では、閉店後の銀行に押し入った犯人が東京都防疫官を名乗り、赤痢の予防薬と偽って銀行員を毒殺した帝銀事件がある。犯人はその飲み方をあらかじめ自らがデモンストレーションをして見せている。飲み方はこうだ。舌を出させるだけ出して、その中ほどへ巻き込むようにして飲んだ。吐き出すことを予想した恐るべき犯人の手口だ。
「アンモニア臭がする」「石油臭くて吐き気がする」「苦い、舌がビリビリした」「あごの筋肉がこわばっていうことがきかなくなり、前かがみになって必死で吐いた」などが死の淵(ふち)から生還した人たちの証言だ。