『第360話』 創意と工夫の薬物治療

薬剤師という資格が必要になる業務は、調剤だ。特別な理由を除いて薬剤師以外の者が調剤を行うことはできない。中でも、病院薬局製剤は創意と工夫が必要で、薬剤師の専門的知識が要求される。

正確に言うと、「調剤」と「製剤」の定義は違う。「調剤」とは処方せんによって薬剤を作り、患者さんに交付する行為をいう。「製剤」とは、同一処方によって不特定の患者さんに供給する薬剤を作ることをいう。

保険医療制度のもとでは、薬価基準に収載された医薬品をその使用目的に限定した使用方法で治療しなければならない。また、製薬メーカーも有用性、経済性を主に医薬品を製造していて、患者さんの病状に最も適した薬剤が市販品として流通していない場合がある。こうしたとき、病院においては、保険医療制度にとらわれず、剤形や濃度を独自に工夫した病院薬局製剤を調剤して、薬物治療を行うことがある。

病院薬局製剤がいつごろから生まれたのかははっきりしない。しかし、明治初期に医療現場で使われてきた薬を厚生省が医薬品として認めるようになる以前からあったことは確かだ。

昔、子供が麻疹(ましん)や水疱瘡(みずぼうそう)にかかり、全身に赤い斑点(はんてん)ができると、その部分や口腔内にできた潰瘍(かいよう)に青いインクのような液体を塗った。最近はこのような子供を見掛けることはほとんどないが、今でも市販品として入手できないピオクタニンブルー液をまれに使うことがある。

ピオクタニンブルーは色素で、塩化メチルロザリニンやクリスタルバイオレットとも呼ばれ、使用される分野が多いことがうかがわれる。

抗生物質が普及していないころ、色素が抗菌剤として活躍していた時代があった。秦佐八郎が開発したサルバルサンも赤色606号という色素だ。同様に、ピオクタニンブルーは緑膿菌やジフテリア菌に効果があり、戦後、抗生物質が入手できない中にあって活躍していた。

病院薬局製剤は特定の患者さんのために、市販品では十分な治療効果が期待できないと判断したとき、医師の求めに応じて調剤されている。