『第361話』 胃を切除した後の貧血

胃がんが見つかると、一般的にはがん細胞を取り残さないようかなりの範囲を切除しなくてはならない。最悪の場合、胃の全摘出が行われることもある。これにより、数年後貧血が生じてくることが知られている。胃がなくなることは、食べ物を消化するために胃の粘膜から分泌されていた胃液もなくなるからだ。

胃液の中には、骨髄(こつずい)で血液を作る際に必要なビタミンB12を食物から吸収する物質が含まれている。この物質は内因子と呼ばれ、ビタミンB12と結合して大腸に運ばれ、そこで吸収され、赤血球をはじめとする新しい血液細胞が骨髄で造られるとき利用される。

ビタミンB12は通常、肝臓に豊富にあって、胃の全摘出によりビタミンB12の吸収ができなくなってもすぐには貧血は起こらない。貯蔵していたビタミンB12が徐々に使われて、やがて使い果たされると、ビタミンB12欠乏性貧血が起こってくる。これが手術後5、6年経たころだ。

貧血になると、疲れやすい、目まいが起こる、動悸(どうき)がする、動くと息切れがするといった症状が現れる。また、舌炎やしびれを感じたり、若い人では白髪が増えたりする。

しかし、ビタミンB12の筋肉内注射を1~2週間ほど続けると、劇的に症状は改善する。錠剤のような形でビタミンB12を与えても、内因子が存在しないので大腸からの吸収はできない。そのため、ビタミンB12は注射で補うしかない。

ビタミンB12の補給で赤血球が急速に造られると、一時的に鉄分が不足することがある。鉄分は鉄剤の内服で補うことができる。

かなり悪質な胃潰瘍(かいよう)などで広範囲にわたって切除した場合も同様のことが起こりやすい。貧血が回復した後も一生を通じて、3~4カ月に一度はこの注射を受けなくてはならない。