『第370話』 国際的協力進む、新薬開発

ぼけの症状が病的なものか、加齢に伴う自然なものかを区別する目安として、よく食事のことが例に挙げられる。正常な場合にはおかずにどんなものを食べたかを忘れることはあっても、食事をしたこと自体を忘れることはない。

これに対し、病的なぼけの場合は、食事をした記憶がまったくなくなるなど、自分のした行為全体を忘れるようになる。

病的なぼけ症状は医学用語で痴呆(ちほう)という。痴呆性老人の約8割以上が脳血管性の痴呆やアルツハイマー病などの神経変性疾患だ。脳血管障害が起きてもすべての人が痴呆になるのではなく、約20~30%の人が発症する。

甲状腺(せん)などのホルモン異常や感染症、その他脳以外の体の病気でも痴呆が生じる。ステロイド剤やジギタリス製剤、胃潰瘍(かいよう)治療薬など一部の薬剤が人によっては痴呆を引き起こすことがある。また、薬の飲み合わせによって発症することもある。しかし、これらの場合は原因を取り除けば、痴呆は回復する。

画期的な新薬がない中で、日本の製薬メーカーが開発したアルツハイマー型痴呆の進行を遅らせる薬が昨年1月から米国で発売になっている。

発売前の臨床試験には3段階の審査過程がある。薬の安全性を調べる第一相試験を日本でスタートさせたのは1989年のこと、米国では2年遅れの91年に臨床試験を始めた。しかし、現在この新薬は日本で、薬の有効性を調べる最終段階にあたる第三相試験に入っているところだ。

厚生省は7月15日、「外国臨床データを受け入れる際に考慮すべき民族的要因についての指針」(案)を示した。この中で臨床データを日本人に外挿させるブリッジング試験の具体的な考え方が示されている。米国で実施した臨床データを厚生省が認めれば、日本での発売がかなり早まる。しかしながら米国の臨床データに基づいて承認した場合、日本で思いがけない副作用が出ないとも限らない。エイズ(後天性免疫不全症候群)やがんを治療するさらに有効な新薬が待たれる中、日本における臨床試験について、質的な向上とスピードアップを図りつつ、国際的なハーモナイゼイションが進んでいる。