『第374話』 肝臓に猛毒を持つフグ
秋から初冬にかけて下関や若狭湾で捕れる旬の味といえば、フグだろう。
フグを食べる民族は、日本人のほか中国や朝鮮半島の人々が知られているが、それほど多いわけではない。われわれの祖先は今から4千年前の縄文時代からフグを食べていたことが分かっている。また、2千年前の秦の始皇帝時代に中国で書かれた「山海経」(せんがいきょう)にはフグ中毒の記載がある。
フグの学名は四つの歯を持つという意味のテトラオドンだ。日本はフグ毒の研究とかかわりが深く、1909年に田原良純博士がフグ毒を精製し、フグの学名からテトロドトキシン(略称・TTX)と名付けた。その構造式が明らかになったのは64年のことだ。現在は使用しないが、戦前・戦後の一時期には鎮痛剤として使用されたこともある。
卵巣、肝臓は猛毒で、種類によっては皮にも毒を持つフグがいる。2ミリグラムのTTXで大人が死亡するほどの毒力がある。特にその肝は脂っこく、美味とされる。フグの肝が多くの人を死に誘ったことから、王がその美しさにおぼれて国を滅ぼしてしまった西施の逸話になぞらえ、西施肝と呼ばれる。日本では、調理することが禁止されている。
TTXの量を表す単位にはマウス・ユニットの頭文字MUを使う。1MUとは、20グラムのマウスに腹腔鏡投与して30分で死に至らせる量をいう。
フグは生まれながらにして毒を持っているわけではない。人工餌(えさ)を使い、いけすで養殖したフグに毒はなく、TTXはフグの体外からやって来る。天然のフグは大海の中で、食物連鎖によって各臓器に毒を蓄積していく。
TTXはビブリオ・アルギノリティカス、ビブリオ・ダムセラなどの海洋細菌が作り出している。フグだけではなくハナムシロガイやオオツノヒラムシなどにも蓄積され、フグは強じんな歯を使ってTTXを蓄積した貝類を好んで食べる。フグにとってTTXは一種のフェロモンではないかという説もある。
フグがTTXを持つ理由は、自己防衛のためとされている。無防備に産み落とされた卵を守るため、卵巣にTTXを蓄積しているというわけだ。
しかし、この猛毒の卵巣を粕(かす)漬けに漬け込んで無毒化したり、極限まで薄く切り、花形に盛られたフグ刺しを前にすると、日本人のフグに対する感覚は常軌を逸し、芸術の域に達しているように思える。