『第382話』 ウミガメの涙と人の涙

産卵のために砂浜に上がってきたウミガメが、眼に大きな涙を浮かべながら卵を産み落とすのはかなりの苦痛を伴うからだと思っていた。

本当のところは、海水しか飲むことのできないウミガメが、海水よりも濃度の薄い自分の体液を保つために塩分を濃縮してそれを涙として外に放出しているのだという。

つまりウミガメの涙は単なる生理現象で、海水よりも塩辛い涙を流すことで体液の塩類調節をしているというのだ。

人間の体液の塩分濃度は海水の3分の1程度で、人間の細胞も薄い塩水の中でなくては生きていけない。

人の血液には水がたくさん含まれていて、細胞の中も外も水で満たされている。体液とはこの細胞外液のことで、細胞はこの水を媒介にして血液から必要な栄養分を受け取ることができる。

体液の塩の濃さは正確に一定でなくてはならず、濃過ぎればナメクジに塩を掛けたのと同じように細胞が縮んでしまうし、薄過ぎればふやけて死んでしまう。

この非常に正確な塩類濃度や水分の調節を行っているのは腎臓(じんぞう)だ。1日にドラム缶1本分ほどの血液が腎臓の糸球体というところでろ過される。そのほとんどが体の中に戻され(再吸収)、成人1日あたり1、2リットルくらいの尿になる。

この再吸収をコントロールしているのが脳下垂体後葉から分泌されるバソプレシンと呼ばれる抗利尿ホルモンだ。バソプレシンは腎臓の尿細管に作用して尿を濃縮する働きがある。

普通、昼間は頻繁にトイレに行く人でも、夜間は朝起きるまでトイレを我慢できるものだ。それは日中はバソプレシンの分泌量が少なく、夜間には分泌量が多くなって尿を濃縮するからである。従って朝の尿は昼間のそれよりも濃い色をしているはずだ。

脳腫瘍(しゅよう)や外傷などでこのホルモンが欠如すると、1日に6~10リットルもの尿が出る尿崩症という病気になる。こうなると注射でバソプレシンそのものを補うしかない。

体の水分が不足しているとき腎臓は1日500ミリリットルぐらいまで尿を濃縮することができ、尿は濃く少量になる。しかし、これ以上になると老廃物を尿中に捨てきれず、血液にたまってくるようになり、やがて尿毒症という症状を示すようになる。