『第411話』 ピルの開発について(上)

「ピル」という言葉を医学英和大辞典で引くと「丸剤」とある。経口避妊薬にピルという成分不詳の俗称を用いてきた歴史に、宗教的・倫理的背景や女性軽視の流れがあったことは否定できない。しかし、ここでは今や通称となったピルの名称を経口避妊薬の意味で使用することにする。

ピルの歴史は約半世紀前の1950年に始まる。米国実験生物学研究所を設立したグレゴリー・ピンカス教授が世界家族計画連盟のマーガレット・サンガー会長の要請を受けたことが発端となった。サンガー会長が進めていたペッサリーは避妊効果が思わしくなく、もっと効果の上がる方法がないかピンカス教授に対策を求めた。

一方、ハーバード大学付属病院の産婦人科医ジョン・ロックは不妊症患者に子宮や卵管の発育不全が多いことから、妊娠時と同様のホルモン環境に置けば、妊娠時と同じように子宮や卵管が増大するのではないかと考え、ジエチルスチルベストロール(合成卵胞ホルモン)とプロゲステロン(天然黄体ホルモン)を3カ月間、患者に投与した。この間、排卵は抑制され、服用を中止させた後、妊娠に成功したことを報告していた。

1951年、ピンカスとロックは、黄体ホルモンを使用した排卵抑制実験計画を立てることになる。

このとき使用したノルエチノドレル(合成黄体ホルモン)には少量のエストロゲン(卵胞ホルモン)が混入していた。純粋なものが合成され、これを使用すると逆に破綻(はたん)出血が増加し、かえってエストロゲンを加えておくことが有効であることが分かった。これが、現在の合剤型ピルの原型となる。

1960年、最初に米国で認可されたピルに含まれていたホルモン量は、ノルエチノドレル9.85ミリグラム、メストラノール(合成卵胞ホルモン)0.15ミリグラムを1周期につき20錠服用するものだった。今年6月2日に厚生省が認可した低用量ピルには、合成黄体ホルモン0.05~1.0ミリグラム、エチニルエストラジオール(合成卵胞ホルモン)0.03~0.4ミリグラムしか含まれていない。

かつての高用量ピルでは血栓塞栓(けっせんそくせん)症などが心配されていた。しかし、ロンドン大学のピル副作用検討委員会の調査によって、合成卵胞ホルモンの量を0.05ミリグラム以下にすれば、安全性が確保できることが分かった。これによって低用量ピルが誕生し、1973年にドイツで市販された。

その後、黄体ホルモンが持っている男性ホルモン作用による高血圧や脂質代謝への影響、また子宮内膜維持作用が強くて不正出血を起こしにくく、排卵抑制力が強い合成黄体ホルモンが開発され、現在3種類の成分が低用量ピルに認められている。