『第459話』 毒と解毒剤の不思議な関係

アマゾン川流域に住む少数民族は今でも吹き矢の先に毒を塗り、それで猿などの動物をしとめている。

矢が当たった猿はヤシの実が落ちるように、いとも簡単に落下する。

その毒の名はクラーレ。土地の言葉で「鳥が死ぬ」という意味だ。

しとめた動物を人間が食べても特に何の変化も起こらない。

クラーレは消化管からの吸収が悪く、経口で摂取した場合このような作用は起こらない。クラーレの作用は、実は重症筋無力症という病気の進行によく似ている。

クラーレを打ち込まれた猿はまず目筋や手指、足など速く動く筋肉から先にだらんとして力が入らなくなる。次第に四肢の筋肉などに及び、最後に横隔膜がまひして呼吸が完全に止まる。

ただし、呼吸中枢は抑制されていないため、仮にしとめた猿や鳥に人工呼吸を施すことができるとすれば、生かしておくことは可能だ。

薬にはたいてい解毒薬が存在する。クラーレの場合、アフリカのナイジェリア地方のカラバル豆がこれに当たる。

この種の中に含まれるフィゾスチグミン(またはエゼリン)という物質がそれだ。従ってこの物質は重症筋無力症の治療薬ともなリうる。

この民族と狩りに同行した探検家によると、彼らはクラーレの解毒剤を知らなかったと記述している。

放った矢が運悪く木に当たって跳ね返り、それが自分に刺さったらその場で死を覚悟しなくてはならないのだ。

カラバル豆が取れるナイジェリアはアフリカ西岸にあり、大西洋を挟んでブラジルとちょうど斜め向かいに位置する。

地図を見るとナイジェリアのニジエール川河口のくぼんだギニア湾にブラジル東側の地形がぴたりと合う。

実は南米の海岸線と西アフリカの海岸線は大西洋を挟んでほとんど一致している。それはアマゾン流域とナイジェリアがもとは地続きであったことを示している。

「大陸が移動する前、猛毒のクラーレがあるところには解毒剤のカラバル豆がともに存在していた」と、京都薬科大学の岡部進教授は考えている。

大陸が移動しなければ、周辺の民族は両者の恩恵を得ていたことだろう。

マラリアの特効薬キニーネが採れるキナ木が発見されたのはまさにマラリアがまん延する地域だ。このような関係を見いだす度、自然界の不思議さを感じずにはいられない。