『第477話』 20世紀の医薬品開発の歩み

 20世紀に入って、医学・薬学は科学的な実証に基づいて確実に進歩し、目まぐるしく変化した。n 1899年、その先駆けともなり、今世紀、最も使われたアスピリンが発売されている。アスピリンが発痛物質のプロスタグランジンの生合成を阻害することが分かったのは、1971年のことだ。今では、血栓予防効果が着目されて、脳血栓や心筋梗塞(こうそく)患者の予防薬として保険が適用されている。n また、古代から人類を苦しめてきた感染症を治療する医薬品が次々と開発された。n まずは、抗血清があった。抗菌剤は細菌そのものを殺菌・静菌するが、病原微生物の生産する毒素やヘビ毒などによる疾病を治療することができない。最初の研究対象は、テタヌストキシンだった。破傷風菌の産生するこの毒素の毒カを弱め、馬などの大型動物に接種して抗血清をつくった。n この研究によって、第1回ノーベル賞(1901年)の医学生理学賞は、ドイツのエミール・べーリングが受賞している。共同研究者であった北里柴三郎がノーベル賞を逸した背景には、明治時代の日本に対する偏見があったとされている。n さらに、1907年、ポール・エールリッヒと秦佐八郎による「サルバサン」の合成に始まる化学療法剤の開発と1928年、アレキサンダー・フレミングによる「ペニシリン」の発見がきっかけとなって、数々の抗菌剤が開発された。n サルバルサンは、睡眠病を起こすトリパノソーマ原虫と毒素の治療薬として使われた。n また、ペニシリンの医薬品としての有効性を見いだしたのは、オックスフォード大学のハワード・フローリーとアーンスト・チェインらで、1941年のことだ。大量生産が米国で始まったのは1943年から。翌年には、日本でも研究が始まり、東京大空襲や原爆負傷者に「碧素(へきそ)」の名で使われたと言われている。n こうした近代医薬品の開発には、日本人が大きくかかわってきた。1885年の長井長義によるぜんそく治療薬・エフェドリンの発見、高峰譲吉が1900年に初めて人間のホルモンを結晶化したアドレナリンや消化酵素のジアスターゼなどは、今でも使われている優れた医薬品だ。n 21世紀にはヒトゲノムを応用した医薬品開発が活発化する。遺伝子研究によって、がん撲滅や多くのウイルス治療薬が誕生する時代を迎える。米国に後れを取った感はあるが、日本人の活躍を期待したい。n