『第479話』 21世紀の生命科学発展に向けて
21世紀の生命科学の発展に向けて、今世紀は、どのような準備が進んだのか検証してみたい。
公的機関によるヒトゲノム(ヒト遺伝子)の解析は終盤に向かっている。全ての遺伝子が解析されることにより、がん化する仕組みや遺伝子病、代謝異常障害などが明らかになる。
一方、イギリスで誕生した羊のドリーは、生殖細胞からではなく、動物の個体から取り出した1個の乳腺(にゅうせん)細胞がら成長した。遺伝形質的には、全く同じ個体を多量に生産できるクローン技術が確立している。
さらに、1998年11月発行の科学論文誌「サイエンス」でヒトの種が発見されたことが報告された。
全ての人は、たった1個の細胞から発生し、個体へと成長する。話は簡単なようだが、通常は、皮膚の細胞は皮膚に、また、肝臓の細胞は肝臓の細胞にしかならない。1個の細胞が分裂して分化していく過程でこうした特性を持っていく。
ヒトの種となるES細胞(embryonicstemcell)は条件を整えればあらゆる組織、臓器の細胞に分化することができる。そのES細胞を取り出し、ES細胞のまま増殖させる技術が確立した。
これらの技術を使うと、自分の血液や皮膚などのあらゆる組織、臓器を再生することができる。
例えば、他の人の骨髄を使った移植や輸血ではなく、人工的に自分自身の骨髄を増殖させて移植することや自己輸血が可能となる。やけどの後に使う皮膚、あるいは自分自身の心臓や肝臓といった臓器をつくることも可能だ。また、特定の感染症を予防する抗体を人工的につくることも考えられる。
ヒトゲノムで得られた特定遺伝子の働きをES細胞からつくり出したヒト組織を使って研究することで、さまざまな病気が発生する仕組みや薬が効果を表す仕組みなどが、より明確に調べられるようになる。さらに、夢物語と思われていた永遠の命さえ、手に入れることが可能になるかもしれない。
こうした技術が駆使される新世紀を迎え、遅れているのは生命倫理の確立と言える。命の根本に触れるバイオテクノロジーが確立されようとしているとき、人々が命に対する思想をしっかりと持つことが求められている。