『第491話』 歯磨き以外の効果持つ薬木
初めて日本人が歯ブラシを使ったのは明治の幕開けと同時期だったと言われる。クジラ骨の柄に馬の毛を植毛したイギリス製歯ブラシが輸入され、それをモデルに日本製歯ブラシの製造が始まった。
それまで十世紀以上にわたって歯ブラシの代わりをしていたのが楊枝(ようじ)だ。小指くらいの太さの木の枝を指の長さの4倍くらいのあたりで折って噛(か)むのである。噛んでいるうちに出てくる苦い樹液で口の中を引き締め、噛み砕いた部分で歯を磨く。口の中は清潔になり、口臭を防ぎ、ときには歯痛まで抑えることができた。
この枝はインドで歯木と呼ばれていたが、中国では楊柳(ようりゅう)の枝が使われたため楊枝と呼ぶようになり、日本にもその名が定着した。
ところで鎮痛剤として知られるアスピリンは柳の木から分離されたものだ。柳の枝を歯木にして歯痛を止めた。
釈迦が自ら行い、仏教医学の一端となったのは菩提(ぼだい)樹の歯ブラシによる歯磨きである。枝を折り、2センチほどにしたものをよく噛んで樹液を吸う。噛んでブラシ状にし、それで歯と舌を磨いた後、口をすすぐ。
インドにある菩提樹は、日本や中国のシナノキ科とは異なり、クワ科の薬用植物で薬の原料となるものだ。樹皮には化膿(のう)効果と皮膚を軟化して膿の排出を促進する成分が含まれ、ペーストにして吸い出し膏(こう)に使う。煎(せん)じれば淋病の薬となる。樹液には収れん作用があり、歯痛を和らげ歯ぐきを丈夫にすることができた。
またフッ化物を含む薬木は歯のリン酸カルシウムに作用してフッ化アパタイトとなり、虫歯の作る有機酸に侵されにくい歯にすると、アントラキノン類を含む薬木は樹液が緩化剤となり、腸の蠕(ぜん)動運動にも一役買った。このように他にも多くの薬木が歯磨き以外の効果をもたらしてきた。興味深いのは当時から楊枝で舌面をしごくように舌も磨いてきたことだ。
最近になり、舌ブラシなるものを見かけるようになってきた。口臭の原因になるのは歯や歯肉だけではない、特に喫煙者は舌にも大いに口臭の原因があるとされている。