『第649話』 【スズラン】香り、成分に多様な効用

私の心の痛みが少しでも和らげばと、友人がひとつかみのスズランの花を差し出してくれた。鼻先に出された甘くさわやかな香りに、ナンバーワンじゃない、重要なのはオンリーワンだったな、と一時の安らぎを感じた。

大きな葉に恥ずかしそうに隠れ、鈴に似た小さな花が連なった白いスズランを受け取り、もう一度香りを確かめてみる。小さい花なのに香りは強い。スズランの香りは、いら立って高揚した気を静め、整えてくれる。

その名は鈴の形をした花とランに似た葉に由来する。またキミカゲソウと言う和名もあり、大きな葉に見え隠れする花の雰囲気を感じさせる。幸せを運ぶ鈴として花嫁のブーケにもよく使われる。フランスでは「聖母の涙」(ミュゲ)と呼び、5月1日にスズランの花を贈りあい、お互いの幸せを祈るそうだ。

ユリ科のスズランは、ジャスミンとバラとともに三大フローラルノート(花香調)の一つだ。これらはフローラル系の有名な香水には、必ずと言っていいほど調合されている。また、スズランとジャスミンの香水原料は少量しか取れないので非常に高価だ。

庭先に何げなく咲くスズランも、かつては薬として使われていたことがある。全草にコンバラトキシン、コンバラマリン、コンバラリン、コンバロシドといった強心配糖体を持っているからだ。これらは、ジギタリス(和名・キツネノテブクロ)から得られるうっ血性心不全などに使用するジゴシンやジギトキシン、ストロファンツスやキョウチクトウに含まれるG-ストロファンチンといった強心配糖体と似た分子構造を持っている

根と根茎を乾燥させた生薬は鈴蘭(すずらん)根といって、強心利尿薬になる。特に、コンバラトキシンは含有率から見ると花の部分に多い。鈴蘭根は扱い方が難しく、今は使われることはない。

春先に山菜のギョウジャニンニクと同じような葉で芽吹くので、間違って食べて食中毒を起こすことがある。症状としては、不整脈などの心臓血管系障害や激しい嘔吐を引き起こす。また、スズランの強心配糖体は水に溶けやすく、花瓶に生けた水を誤飲して死亡した事故例もあるので、子供や高齢者が誤飲しないように注意が必要だ。

花療法という言葉がある通り、その香りとともに自然は多くの福音を与えてくれている。