『第641話』 【砂糖】毒にもエネルギーにも

 狂言に「附子」(ぶす)という演目がある。あるじが太郎冠者と次郎冠者に留守を命じ、毒の附子が入っているおけには触れるなと言って出かける。2人は好奇心から附子を見たくなり、フタを開け見た。あまりにおいしそうなので、なめてみるとそれは砂糖だった。甘露な昧にわれを忘れて全部食べてしまう。言い訳をどうするか? 困った二人は、高価な天目茶わんを割ってしまったので、死んでおわびをしようと附子を全部食べたが死ねなかったと言い残して逃げてしまう-という筋書きだ。n 狂言では「ぶす」と読ませているが、生薬学的にはトリカブトの根を乾燥させたものを「烏頭」(うず)といい、この周りに付いた子根を「附子」(ぶし)という。猛毒のアコニチンを含んでいるため、修治といって乾燥、塩蔵、加熱などの加工をして、毒性を弱めて使う。n 陽気不足で身体が冷えているような陰病の温補薬として漢方処方する。神経痛やリウマチの治療に使う桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)や桂芍知母湯(けいしゃくちもとう)、胃腸機能の低下、腹痛、下痢にはニンジンを配合した附子人参湯(ぶしにんじんとう)、更年期障害などの冷え性に使用する八味地黄丸(はちみじおうがん)などに使う。n 2人が全部食べてしまった砂糖は、栄養学的には蔗糖(しょとう)のことだ。サトウキビやテンサイを搾って煮詰めて作る。ブドウ糖と果糖が結合して分子を構成している二糖類で、甘さは果糖の方が約1.7倍甘い。n ブドウ糖がたくさんつながると炭水化物のデンプンになる。お米を食べていると甘くなってくるのは、アミラーゼなどの酵素でブドウ糖に分解されるためだ。n 体内に吸収されたブドウ糖は使われないと、ブドウ糖が結合したグリコーゲンになって肝臓に蓄積される。また、ブドウ糖はアセチルCoA(コエンザイムA)を経て脂肪酸に変わる。n 逆に運動などで多くのエネルギーを必要とすると脂肪酸が酸化されて、ブドウ糖から得られるのと同じアセチルCoAになり、これを起点としてエネルギーを得るクエン酸回路あるいはTCAサイクルと呼ばれる生理反応機構に入り、エネルギーとなって消費されていく。n 気候も良くなり、桜が芽吹いてきた。砂糖が附子にならないように大いに運動したいものだ。n