『第629話』 【松脂】薬効生かした軟こうも

 門松もそのままに、まだ松の内の家もあるのではないかと思う。年神様の依代(よりしろ)ではなかったかと考えられている門松は、12月13日にマツなどを切ってきて、30日までに立てる。取り外すのは、1月4日、7日、14日と各地で違うようだが、昔は、小正月の1月15日ころに、火祭で焼却した。言うまでもなく、門松が取れるまでが松の内だ。最近はこの期間が短くなり、4日には取って、心新たに仕事始めに向かっている人も多いことだろう。n マツが自らを保護するために出すだろうと思われる松脂(まつやに)に、アリなどの昆虫がとらえられ、地中深く埋もれて化石となった宝石に虫入りこはくがある。こはくは、マツだけではなく、さまざまな樹木の樹脂でできているものもある。n 映画「ジュラシックパーク」では、このこはくに埋め込まれた古代のカが吸った恐竜の血液からDNAを取り出し、クローンをつくり、恐竜公園を造るという筋書きだった。現在の遺伝子産業の進展状況を見ると、このような物語が現実味のある話になってきた。n 新鮮な生の松脂を水蒸気蒸留すると、水蒸気とともにテレビン油が出てくる。局所刺激作用があり、皮膚に塗布して充血発赤させる効能があって医薬品として使う。n 蒸留した後には、固形のロジンという成分が残る。この名で「あっ!」と思いついた人は相当な野球好きだ。ロジンは、常に投手の足元に置かれ、ボールを投げるときのすべり止めに使う。医療用としてもばんそうこうの粘着付与剤や硬こう剤の基剤に使い、これも日本薬局方に収載されている医薬品だ。n 松脂のこうした薬効を基礎に、皮膚軟化剤のサリチル酸、消毒効果がある硫酸銅を植物油などの基剤に混ぜ、化のう性皮膚疾患のうみを出すため、大正2年に青緑色をしたやや硬めの軟こう剤「タコの吸い出し」処方が考案されている。現在もこの薬の愛好者がいるが、本県で入手できるかは保証できない。n 生薬用語で松葉はマツハ、松脂はマツシと読むが、マツの花言葉は、不老長寿。いつまでも青々とすっと伸びたマツハの姿を思い浮かべ、本年も読者が健康で過ごされることを祈りたい。n