『第558話』 【肺炎予防ワクチン】1回の摂取で効果5年

現在は、慢性疾患、いわゆる生活習慣病の疾病対策が中心だ。しかし、医学や薬学の歴史を振り返ると、感染症の撲滅に相当のエネルギーを傾けてきたことが分かる。

感染症の治療に使う薬は、1910年にポール・エールリヒと湊佐八郎が開発した化学療法剤のサルバルサン、あるいは1928年にアレキサンダー・フレミングが発見した抗生物質ペニシリンに始まる。しかし、これより以前、確実に感染症を予防する方法が確立されていた。それは、1796年に始まるジェンナーによる牛痘接種法だ。これによって、天然痘は撲滅された。

イギリスのチャーチル首相が重症の肺炎にかかったとき、ペニシリンを注射して、2日で完治した。後日、このとき使った薬はサルファ剤であったとする説も出たが、いずれにしろこの話題は世界を駆け巡り、感染症は一掃されるかに思われた。

しかし、この思惑とは反対に、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)、そしてペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)など、現在は抗菌剤が効かない病原菌が増えている。

人は腸内や皮膚全体に常在細菌叢(さいきんそう)といわれるさまざまな細菌類を持っている。高齢者では、これらの細菌が体力低下に伴って、抵抗力のある人であればかかることのない感染症にかかり、重症化していくことがある。

最近の死亡原因をみると、がん、心疾患、脳血管疾患の次に肺炎が増加してきている。肺炎は感冒だけでなく、胃の内容物が逆流することや間違って食物が肺の方に入ってしまう誤嚥(ごえん)を原因として起こる。特に高齢者に多いのがこの誤嚥性肺炎だ。

肺炎の原因となる肺炎球菌は、副鼻腔炎、中耳炎、髄膜炎なども起こす。悪いことに、肺炎球菌の約30~50%は耐性菌で、抗生物質が効きにくい。これが、肺炎で死亡する人が増えている原因と考えられる。

肺炎球菌は、約80種が知られている。これらのうち原因菌の約80%を占める23種類に効果を持つワクチンが開発されている。再接種はできないが、1回の接種で約5年間の予防効果が期待できる。現状では、肺炎球菌ワクチンの接種は健康保険が適用されない。

ワクチンが感染症対策の救世主になりうるのかまだ分からないが、今後もさまざまなワクチンが開発されてくると思われる。