『第536話』 【院内感染】防止対策は消毒から

セラチア菌による院内感染死亡患者が発生したことが報じられている。このほか院内感染では、主にMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)、VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)、緑膿(りょくのう)菌などの抗生物質が効きにくい菌や、結核菌、真菌類などが問題となる。

セラチア菌はどこにでもいる菌と考えていい。通常感染しても発熱などの疾病を起こすことはないが、手術後の入院患者や高齢者は、細菌に対する抵抗力が低下しているために日和見感染を起こし、敗血症などで死亡することがある。

セラチア菌は、多種の抗生物質に対する耐性を獲得し、また、非常に消毒しにくい細菌で、消毒剤をも汚染することがある。

院内感染は今に始まったことではない。細菌が病気を起こすことが明確になっていない時代から問題視していた人がいた。1847年、イグナーツ・ゼンメルワイスは、ウィーン大学で出産後に発熱などを起こして死に至る産じょく熱が、医学生の授業を行う病棟で20%、助産婦の授業を行う病棟ではその10分の1の2%の死亡率であり、病院外の死亡率はこれよりも低く、病棟を閉鎖した後、再開時からしばらくの間は死亡者が出ないことに気付く。

当時は手を洗うなどの消毒をする概念など全くなく、医学生は死体解剖したままの手で出産に立ち会った。

そこでゼンメルワイスは医学生の手指をせっけんで洗わせ、塩素水で消毒させた。その結果、産じょく熱の死亡率は1.3%まで低下する。

しかし、産じょく熱が病原菌によって起こることが常識ではない時代に、彼の行動は奇異と見られ、ウィーン大学を追放されてしまう。不遇の末、ゼンメルワイスは1865年精神病院において敗血症でこの世を去る。

彼の業績が評価されるには、パスツールによる自然発生説の否定(1859年)や、コッホによる炭疽(たんそ)菌の発見と感染実験(1876年)を待たなければならなかった。

この一件は「ゼンメルワイスの悲劇」として語リ継がれている。

外科学の発達は、麻酔術、輸血と止血法、消毒法の発達に支えられてきた。ゼンメルワイスは、消毒の基本は「手を洗うこと」と述べている。今でも、院内感染防止の基本は消毒の実施にある。