『第709話』 【毒物・劇物】販売の基本姿勢堅持を

「毒物及び劇物について、保健衛生上の見地から必要な取締を行うことを目的とする」。これが毒物劇物取締法の目的だ。従って法律の中身は、禁止事項ばかりになっている。この法律で約450種類の成分が毒物、劇物、特定毒物に指定され、随時追加されている。中には農薬や殺虫剤の成分もあり、農業や公衆衛生上の観点から販売・使用の必要性がある成分も含まれている。

過去の毒物使用事犯では、1948年1月の帝銀事件で青酸カリウムが使用されて毒物の代表格となった。また98年7月の和歌山毒物カレー事件ではヒ素が用いられ、同年8月に新潟県でアジ化ナトリウム混入事件が起きた。アジ化ナトリウムは毒物・劇物となっていなかったが、その後、劇物に指定されるに至った。

94年6月の松本サリン事件、95年3月の地下鉄サリン事件で使われたサリンは毒物劇物取締法の範ちゅうでなく、化学兵器の開発、生産、保有などを包括的に禁止している化学兵器禁止条約で規制している化学物質だ。

人体に使用する医薬品などは薬事法で規定されていて、「毒薬」「劇薬」という名称になる。およその目安で経口投与した場合の半致死量が、毒物および毒薬が体重1キログラム当たり50ミリグラム以下の化学物質、劇物および劇薬は50ミリグラム以上300ミリグラム以下となっている。このほかにも経皮吸収、吸引などによる半致死量の目安があり、投与方法で全く毒性が異なる化学物質もある。

タリウムは重金属の一種で淋病(りんびょう)、梅毒、結核の治療薬として使われたことがあった。しかし、少量の服用で毛髪のケラチンの合成を阻害、脱毛を引き起こす。治療量と中毒量が近く使われなくなったが、無味無臭のために20年にドイツで殺鼠(さっそ)剤として使用されてから、全世界で使われるようになった。

薬局・薬店は、こうした毒物・劇物を常時用意しているわけではない。薬局・薬店が食料品店など一般の店舗と違うのは、疾病がありその治療が必要なときや、処方せんで指示されているときなど、一定の条件が整った場合だけに販売することだ。その基本姿勢をしっかりと堅持し、適正な薬物治療と公衆衛生の維持に寄与することが社会的に求められる。このたび静岡県で起こった少女による母親毒殺未遂事件は、そのよき教訓になった。