『第723話』 【認知症の防止】楽しい会話で脳を刺激

傘寿を迎えた記念に、薬について講演してもらいたいという依頼があった。依頼主はある旧制高校の同級会幹事長を務めるわが父で、故郷に近い神奈川県湯河原町に一泊旅行の気分で出掛けることになった。傘寿は男女とも、日本人のおおよその平均寿命になる。

講演は同級会の初日だと思い込んでいたが、2日目の午前9時からだという。それも2時間半の講演と聞いて、80歳の面々には少々つらいのではないかと思った。集中できる時間は高校生で60分、大学生でも90分といわれているからだ。もっとも興味あることであれば、限りなく集中できるともいわれる。

同級生113人のうち、生存者58人、そのうち参加者は24人。初日、太平洋戦争を経験し、戦後の混乱期、高度成長期を歩んできた先輩の宴会に加わった。感心したのは食欲が旺盛な一方、お酒は適量にとどめていること。そして実によく語り合い、笑顔が絶えないことだ。どの方も足腰と動作は鈍っているが思考は明瞭(めいりょう)で、経験を基にした人生訓は含蓄があった。がんの手術を受けたり、高血圧の人もいるが、苦痛を感じているというよりも「病気とお付き合いしていきます」という感覚をお持ちだった。

翌朝、朝に弱い自分に比べ、さわやかな顔つき。「よく眠れましたか?」と尋ねると「よく眠れました」というご返事。講演は途中で質問が入るなどし、集中力を欠くこともなく、あっという間に終わってしまった。

先輩方の行動を観察していると、ご本人は気付いていないかもしれないが、認知症を防ぐための知恵が随所に見られた。脳の健康を保つにはバランスの取れた食事が重要。特に良質のタンパク質を摂取したい、また外界から入ってきた情報は脳の海馬に入り、短期記憶として蓄積される。これが最終的に長期記憶として大脳皮質に蓄積される。

しかし刺激がないと長期記憶は引き出せなくなる。そこで会話が重要になる。親友との語らいが糸口となり古い記憶が呼び覚まされると、連想ゲームのように次々と記憶がよみがえる。会話の楽しみは生きがいを与え、自慢話は自己の存在を確信させる。さらに生活リズムが整っていると、よく眠れる。こうしたことが集中カを持続させていたことにも関係しているのではないだろうか。

春を迎え、入学式のシーズンとなった。新たな学生生活をスタートさせる人もいるだろう。その中で何十年か経過した後、ざっくばらんに語り合い、認知症を防いでくれるような親友をぜひ見つけてもらいたいものだ。