『第753話』 【海外の感染症】事前に予防知識入手を

臨床研究の学会報告では「一例報告」という言葉を使うことがある。まれな症例について詳しく調査・研究した結果を発表したときに使う。

狂犬病の発症は、国内の感染報告例が途絶えた1955年以降は70年に流行地に渡航して犬にかまれ、帰国後に発病・死亡した事例があるだけで、このたびの発症事例は臨床研究上は重要な一例報告となるだろう。一例報告もその類似症例が多く報告されるようになれば、病状の経過などが一般的な知識となって知られていくことになる。

このたびの狂犬病は11月に立て続けに二例発症した。どちらも8月にフィリピンで犬に手をかまれており、狂犬病の潜伏期間(感染して発病するまでの期間)と考えられている1~3カ月を経て発症している。しかし、中には年単位の潜伏期間も報告されているので注意が必要だ。

狂犬病ウイルスは唾液(だえき)せんで増殖するので、頭部に近い部分をかまれるほど潜伏期間が短くなる。そして咽喉頭(いんこうとう)のまひによって唾液を飲み込むことができなくなり、口から唾液を垂らす特有の病態が現れる。唾液の中には多くの狂犬病ウイルスが排出されて感染源となる。水を飲もうとすると全身のけいれんを誘発することになるので「恐水症」とも呼ばれる。最後には全身まひが起きて呼吸困難となり、死に至るので人工心肺を装着することになるが、発症すればほぼ100パーセント死亡する。

犬・馬・豚では神経が過敏になり、目の前の物にかみつく狂騒型になる。牛では、まひが起きて動かなくなることが多い。

予防法は狂犬病ワクチンの接種。潜伏期間が長いため感染しても、90日の間に決められた間隔で6回、ワクチンを接種することで発症を防ぐことができる。

海外で感染する可能性があるのは狂犬病に限らない。年末年始に海外旅行を計画している人は「海外渡航者のための感染症情報」(http://www.forth.go.jp/)で、訪れる国の感染症に関する情報を事前に入手して予防知識を身に付けておくとよい。

感染源になる鳥・犬・猫・その他の野生動物、蚊・ハエなどの衛生害虫は日本とは全く異なる環境に生息している。かわいいからといって安易に近づかず、日本とは違うという意識を持って対処してもらいたい。