『第740話』 【ベンゼン】一部清涼飲料水から検出

「亀の甲」というと化学が嫌いな人は思考が停止するそうだ。有機化学でいう亀の甲とはベンゼン環のことだ。各6個の炭素と水素からできているのは分かっていた。この化合物を直鎖の結合物として考えると不安定で存在し得ない化学物質となってしまう。

しかし、この物質は非常に安定した化合物だった。1865年、ドイツの化学者ケクレは乗合馬車の中で居眠りをしているとき、夢の中に直鎖の化合物が現れ、蛇が尻の末端をくわえてくるくると回る夢を見たという。この夢が発端となり六員環のベンゼンの構造が明らかとなった。

ベンゼンにヒドロキシル基が結合すれば消毒薬のフェノール(石炭酸)になる。フェノールにメチル基が結合すると、たんなどの有機物があっても結核菌を殺菌できるクレゾールになる。かつてはよく病院で使用されたので、その特有のにおいは「病院臭」などと呼ばれた。

ベンゼンは1958年ごろ、ゴムのりの溶剤として使用されて多数のベンゼン中毒が発生したことがある。その毒性は造血障害で、貧血を起こす。また白血病のリスクを高めると考えられている。

ベンゼンにカルボン酸(カルボキシル基)が結合すると安息香酸という高貴な甘い香りのする物質になり、防腐剤として使われている。一方、ビタミンCはその化学名をL-アスコルビン酸といって、抗酸化作用があるので酸化防止剤として食品添加物として使われている。

安息香酸とL-アスコルビン酸を混合したらどうなるか。やはりそうなるだろうと予測される結果が公表された。つまり安息香酸が化学的な変化を受けて、ベンゼンが生成されるというのだ。清涼飲料水やドリンク剤では、当然のように安息香酸やその塩類とL-アスコルビン酸を配合したものがある。その飲料水中からppb(10億分の1)レベルのベンゼンが検出された。

このことに最初に気が付いたのはFDA(米国食品医薬品局)で90年のことだった。その後、今春以降、英国などで市販製品中に10ppbを超える製品が見つかり、自主回収の措置が取られた。日本でも調査した31品目中、1品目に73.6ppbの製品が見つかり、7月に厚生労働省が販売会社に自主回収を求めた。

日本には食品中の基準はないが、水道水には10ppb以下という基準がある。現在、この値を清涼飲料水でも一応の目安として回収と改善措置を勧告し、国際清涼飲料協議会が作成したベンゼン生成を低減するためのガイドラインに基づいて対策が講じられている。